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日本が優生社会になるまで

科学啓蒙、メディア、生殖の政治

日本が優生社会になるまで

日露戦争以来の優生学啓蒙構想はいかに法のかたちに結実したか。科学啓蒙、アカデミズム、政策化構造から優生社会出現の経緯を描く。

著者、編者、訳者など 横山 尊
ジャンル 社会・女性
ISBN 978-4-326-60284-1
出版年月 2015年12月
判型・ページ数 A5判・424ページ
定価 本体5,500円+税
在庫 在庫あり
 

内容説明

近現代日本における優生学運動や優生政策を、ファシズム論や優生法の系譜論に基づくのでなく、雑誌メディアを中心とした科学啓蒙、アカデミズム、科学運動、政策化の構造と時代ごとのあり方から検討する。生殖をめぐる政治がアカデミズムとメディアを中心とした科学啓蒙、科学運動のなかでどのように形成されていくのかを描く一書。

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目次

序章 課題と方法の提示
 一 優生学史研究の動機
 二 日本の優生学運動のアウトライン──時期区分と国際的動向との照合
 三 研究史の見取り図
 四 日本の優生学運動の研究史上の問題点と本書の論点
 五 本書の構成

第Ⅰ部優生学の構想と科学ジャーナリズム

第一章 二〇世紀初頭の進化論啓蒙と優生学受容の思想的地盤──自然科学主義と科学ジャーナリズム
 はじめに
 一 二〇世紀初頭でも変わらぬ進化論の精神
 二 生物学から社会学へ
 三 雑誌『人性』と富士川游
 四 優生学、進化論啓蒙の学知としての位相──科学ジャーナリズムとの連関

第二章 優生学と社会事業──第一次大戦後の海野幸徳の転身を中心に
 はじめに
 一 一九一〇年代における海野優生学の科学観と階級観
 二 第一次大戦後の社会事業理論家への転身──優生学的社会事業の模索
 三 日中戦争期における「民族社会事業」への転回──優生学の国策化への対応
 おわりに

第Ⅱ部雑誌メディアにおける優生学運動の展開

第三章 『文化生活』の優生学──大正期の科学啓蒙と雑誌メディア
 はじめに
 一 『文化生活』誌と優生学の接点
 二 家庭生活と生殖の「合理化」
 三 科学啓蒙と読者のあり方
 おわりに

第四章 昭和戦前期における優生学メディアの性格──雑誌『優生学』を対象に
 はじめに
 一 『ユーゼニツクス』誌の登場──後藤龍吉とその科学観
 二 雑誌の執筆者と読者──『優生学』誌の担い手と性格
 三 財団法人化運動と他の優生学団体との関係
 四 『優生学』誌の言論と活動──産児調節問題を中心に
 おわりに

第五章 一九三〇─四〇年代における『民族衛生』誌の成立と変容──科学啓蒙と学術特化のあいだ
 はじめに
 一 戦前の『民族衛生』誌の誌面構造──学術と啓蒙の混淆状態
 二 一九三九年の性格転換とその要因
 おわりに

第Ⅲ部優生学の政策化と科学啓蒙──戦中から戦後へ

第六章 戦間期日本の優生学論者と産児調節──論争の発生から国民優生法まで
 はじめに
 一 優生学論者と産児調節論者の同質性と異質性
 二 一九三〇年前後における避妊をめぐる政治
 三 国民優生法第一五条、一六条の成立過程とその影響
 おわりに

第七章 国民優生法成立の再検討──法案論議と科学啓蒙のあいだ
 はじめに
 一 荒川案の再検討
 二 日本民族衛生協会の断種法案と優生結婚普及会の遺伝理解
 三 断種対象の拡大解釈の可能性、そして優生結婚法の構想
 おわりに

第八章 人的資源調査から優生保護法へ──谷口弥三郎の戦中と戦後
 はじめに
 一 戦前の熊本県医師会長としての活動と人口増強の理念
 二 優生政策に関わった諸集団との距離─産婦人科医集団と日本民族衛生協会
 三 戦後における優生保護法成立と改正──一九四七─一九五二
 おわりに

第Ⅳ部新優生学の展開とマスコミ──日本母性保護医協会を中心に

第九章 新優生学のメディアキャンペーン──おぎゃー献金の登場と展開
 はじめに
 一 おぎゃー献金前史
 二 おぎゃー献金の開始と展開
 おわりに

第一〇章 一九七〇─八〇年代における優生保護法改正論議の再検討──日本母性保護医協会の動向から
 はじめに
 一 一九六〇年代の優生保護法改正運動と日本母性保護医協会
 二 一九七二年の「優生保護法案改正案」提出前後
 三 一九八二─八三年改正案をめぐって
 おわりに

終章結論
 一 ポピュラー科学としての出発点と展開
 二 矛盾と相克に満ちた優生学運動と優生政策の展開
 三 優生政策の戦中と戦後
 四 日母から見る本邦の新優生学の展開
 五 総括と展望

あとがき
初出一覧
人名索引
事項索引

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